マリーアントワネット×メディアアンビション東京

最新のメディアアートと、2時間待ちの行列ができる18世紀の仏・王妃「マリーアントワネット」にまつわる展覧会をハシゴ、すごいコントラストでしょw。。

2月12日(日曜)六本木ヒルズ52F、東京タワーきれい!まるで作り物のような絶景です。

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2時間待ちの「マリー・アントワネット展美術品が語るフランス王妃の真実」入場料1800円、こっちから。
アントワネットが身近に使っていた雌鶏の漆器や、高級な綿ローンの下着なども展示されていて、当時の宮廷画家たちによる肖像写真のような平面作品もずらりと並ぶ。18世紀頃というから250年くらい経ってるらしいけど、作品表面の被膜はつやつや、王族の瞳や頬は、瑞々しい。久々にこうした作品をみると、メディアとしてこれらの技術や画法、材料もなかなかタフだわ。

お次は、すいっと並ばず、六本木ヒルズ52F 同じ階でやってた「メディアアンビション東京」入場料1800円へ。強い日差しがさしこむ絶景の52F、回廊のようなおお窓際を会場に、点々と作品が並ぶ。
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知りあいの、AKI INOMATAさんの新作が美しい。

あの化石のアンモナイトを、たぶん高精細なCTスキャンや3Dプリンターを駆使して再現したんだとおもう。を、どこかに金継も使ってるの。これにタコを出会わせるという作品を、映像で公開。一見奇想天外だけど、これ、深い思考実験でもあるようだ。アンモナイトとタコは、生物学的には親戚関係になるようで、タコたちは、進化の過程で彼らの外殻、貝殻を捨ててきたと考えられている。
6,600万年前に恐竜とともに絶滅したというアンモナイトが、最新テクでもって、こんな美しい姿で再現されたら、タコたちは、心おだやかではいられない?!
いい知れない、こみ上げてくる懐かしさ、恋人にでも再会したような熱情で頬づりするだろうか?外殻を捨ててしまった後悔と、未練にさいなまれながら、吸盤付きの身体を絡ませてくるだろうか?!。タコたちの本心はともかく、絵として非常に美しい。実物をぜひ!見学させてもらおう。きっとエロティックだ、とても。
ちなみに、防御に長けた形武道の杖道は、みえないバリアを起動する。美しくて、柔軟で、変幻自在な外殻、殻のようなバリアは、稽古をつむことで、より一層、生き物のわたしと密接に関係してくる。呼応し合う。まるで、恋人同士のようにだ。

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メディア芸術祭20周年,すっかり旧交あたためる会に

【文化庁メディア芸術祭20周年企画展・内覧会@アーツ千代田 3331】
お声がけいただいて16:00すぎをめざして会場へ!
懐かしい顔、顔、顔w。
記念撮影1:文化庁スタッフこばぴーこと小林佳子さん、David BOWENさん(タマネギが成長する姿を、3Dプリンターにより複製する作品、受賞作家)、東大名誉教授/日本顔学会理事の原島博先生。
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第13回 (2009) アート部門 大賞「growth modeling device」

記念撮影2:旧知の、首都大学東京のコンマさんこと今間俊博さんとツーショット(15㎏のダイエットに成功だそうです)。
お久しぶり~ 焼き鳥+プレミアムモルツごちそう様!
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などなど。メディアートよ何処へ行く?
★詳細情報 http://20anniv.j-mediaarts.jp/

表現者たちの交差点@渋谷美術研究所

京王線と井の頭線が交わる明大前の改札をくぐって左に1分いけば、「プロの養成を目的として、受験生お断り」という渋谷美術研究所が在った。
ここを主宰された岩坂義樹先生が亡くなって10年になる。
1980年はじめ、私にとっては単なる乗換駅の明大前駅ホームから見える看板をぼさーっとみてた。ふっと気が向いて下車する。それ以来7年間、ディジタルやインターネットに出会う直前まで、油絵の具や粘土や木炭にまみれた、熱い制作の現場となっていく。さまざまな人々が行き交うのをキョロキョロどきどきしながらも、黙々と自分の絵筆は、重さなっていく。

なかむらmixi日記 http://rieko.jp/mixi/diary/215913613.html

●渋谷美術研究所

画家、鎌倉学園美術教師 岩坂義樹と友人により1966年創立
副所長 指導と事務局、清水正子

岩坂義樹プロフィール(1939年-2006年08月26日 享年67歳)

福島県白河市にて少年時代を過ごし、画家であった父喜好に手ほどきをうけ、父死去の後にその 友人、版画家福田年秋氏に師事する。鎌倉では、大宮松太郎、金沢重治画伯に師事する。武蔵野美術学校(現美術大学)では、山口長男、森芳雄、麻生三郎はじ め多くの画家に薫陶をうける。在学中日本版画院新人賞・会友推挙・退会後日本美術会々員になり日本アンデパンダン展に出品しつづける。毎年2回個展。1962年美校卒業後各研究所講師を経て1966年渋谷美術研究所を友人達とともに創立する。所長としてリアリズムの方向をめざし、 プロの養成にあたり今年で20年になる。1973年 ベルリン世界平和友好祭文化部門の日本代表とし参加し作品発表、美術館収蔵。現材鎌倉学園にて美術を教えるかたわら、個 展・グループ展等をはじめとする美術活動に参加し現在に至る。

(1986年開催の、岩坂義樹「現風景」展 /わたくし美術館 北鎌倉小舎より)

●アルバムは、1985年前後?「水元青年の家」での夏合宿の様子

●2016年8月、当時土曜日のクロッキー会でご一緒した辻さんとひさびさ界隈を散歩した。
再開発地図

●「キドアイラックホール」

ここも年内で閉館されるのだということを知った。
改札をくぐって左に1分いけば、研究所。反対側、甲州街道沿い行くと、あの寺山修司の天井桟敷やつかこうへい、浅川マキたちが出入りしたというカフェもある小劇場・ギャラリー「キドアイラックホール」が在る。

1960年代、前の東京オリンピックのころ、同年代の男たち二人たちが、それぞれ表現者たちのための、「場」を、この駅至近に開いていたというのは偶然だろうか?たぶんなんらかの交流や付き合いがあったのだと思うけれど、当時、清水正子さんと話題にしたのか記憶が非常に曖昧でもある。

1964年に小劇場の草分けを設立した窪島誠一郎氏インタビュー、プロフィール

1941年東京生まれ。作家、美術評論家。キッド・アイラック・アート・ホール館長、信濃デッサン館および無言館館主。1964年に小劇場の草分けキッド・アイラック・ホールを設立。79年に夭折画家のデッサンを収蔵する信濃デッサン館を、97年に戦没画学生の作品などを収蔵する無言館を設立。『父への手紙』『明大前物語』など、著書多数。