2012年、近況

日々独創的に生きる方法としてのアートの実験を繰り広げるとともに、アートという枠組の再設計を考えます。日日アート(ださい日常の中の非日常をみたてる術、システム)を実践します。
1980年代、貌(かんばせ)や人と空間をテーマに油絵の具や彫塑粘土といったタフな制作環境の中で追求し、1990年代からデジタルとネットワー クを使って人と人の相互作用による創発的な創作環境を、さまざまなアートプロジェクトを通して実験してきました。
他人の作品を種にして、デジタル的な技法で自分の作品に改変してしまう行為をポジティブにとらえた「連画」、きっかけになる種の作品から植物が繁茂するように無数の作品の連鎖が生まれる「カンブリアン・ゲーム」、こどもが才能を全開にする切り絵によるワークショップ 「マチスましーん」などです。
2008年から東大・情報学環特別講義「アートのつくり方」の中で、連画やカンブリアンゲームを通して得た型に縛られないアートの思考法に、あえて400年受け継がれてきた古武道のひとつ杖道(じょうどう) の型あるいは、形がもつ逆説的な自由さを持ち込んだりしています。
全講義録を、再編して公開準備中です。どうぞご期待ください!!!
2011年6月、神之田常盛師範(日本杖道会)より神道夢想流杖道奥入證拝受、杖道四段
2012年3月、多摩杖道会総会にてメンバーの推挙をいただき会長就任。

最近は、ここにお試し生息中
http://www.facebook.com/profile.php?id=1329085026

杖道コミュニティも新たに開設
http://www.facebook.com/JodoJojutsu

あらためて、略歴

北海道生れ東京育ち
1981年 武蔵野美術大学造形学部 油絵学科 卒業

1983年-1987年 渋谷美術研究所講師
1089年-1994年   商用パソコン通信会社マスターネット(株) ネット上のコンテンツ企画・制作
1991年-  コラボレーテッド・アート「連画」(安斎利洋と共同)をはじめる
1997年- 東京造形大学ほかで、非常勤講師
2002年-「連画」の進化系「カンブリアン・ゲーム」公開(東京大学)
2003年-遺伝的絵画「顔ポイエーシス」制作
2005年 「連続カンブリアンゲーム」企画・運営(愛・地球博)、ワークショップ「マチスましーん」公開
2008年- 「創発するネットワーク展」、YouTubeに「連画チャンネル」オープン
2008年-2012年 東京大学大学院 情報学環 特任非常勤講師
2012年- 多摩杖道会会長

履歴マップhttp://www.renga.com/rieko/index.htm

2011年,東大カンブリアン講義はじまる

毎週火曜6限 18:15~、学府院生と教育部研究生対象

2011年10月11日、講義初日、あの大震災から7ヶ月が経った。
赤門くぐって左にある福武ホールから地階スタジオにむかうときまるで出航する船の甲板から船底に下りて行くように錯覚する。さて、今年はどんな連中が乗りあわせてくるのか?特別講義「アートの作り方」という冒険が始まる。
話の流れメモを示しながら半年間を感じとってもらう。

■対話的な連画、創造爆発しつづけるカンブリアン・ゲーム

カンブリアンゲーム2009@東大

この現場で起こっていることは?

エッシャー作「描く手」①観ること=描くこと;②連画にすべての始まりがある猫の闘い③熾烈な創造的対決、時に軒下の「猫の闘い」を彷彿とさせる

■アートと武道

「杖道(じょうどう)は、芸術そのもの・・・」

レオナルド・ダ・ヴィンチ作「ウィトルウィウス的人体図」※レオナル・ダ・ヴィンチ_神道夢想流杖道演武 神之田常盛×大里耕平※神道夢想流杖道_神道夢想流杖術図解_藤田西湖※神道夢想流杖術図より、杖の円や球運動を説明

■杖道から惑星起動へ

杖道の形と、惑星軌道に想を得て「描き描かれ」という新しいアートを実験してみる。
惑星は天球上で、心を惑わすような動きをします→観測者も観測される対象も動く動体×動体絵画の試み。

杖道演武2010@東大・福武シアター※福武シアターでの杖道実演へ_惑星軌道概念図※惑星軌道

■動体×動体絵画

光のペン試作※光るペン試作_試し描き※試し描き

いよいよ本番、ライトペンとデジカメが対話、対決、両者動きながら制作

相互絵画1※あっちからやってくる_相互絵画2風神雷神※風神雷神_相互絵画3指揮者をみる旋律※指揮者をみる旋律

去年の作業場は https://sites.google.com/site/metaart2010/tsue-dou-kara-wakusei-kidou-he-1
カンブリアン講義2010全容 https://sites.google.com/site/metaart2010/

▼2011年、3.11以前のシラバスを訂正

「ダサい日常の中に非日常をみつける、」大震災というこれ以上ないような非日常のなかで、あらためてアートって?

連画やカンブリアン・ゲームは、平穏な日常を攪拌するものアートと思っていたが、これだけの非日常が起こってしまった今、さて・・・。
この半年、脳裏に浮かぶこと、身体に満ちてくることは、「本気」ということ。不意に予定の立たないことに直面したときでも、最大のパワーをどばっと出すこと、出せること。そんなことに興味が向く。
思えば一本の線をひくこと、イメージをカンブリアンのマップに投じるとき、わたしはいつだって本気だったじゃないか、マジになってしまう環境だったじゃないかと思ったりしている。

平時の攪拌と思っていたが、震災後、意外にも本気が立ち昇ってくるシステムとしてあらためて新鮮に感じる。

杖道も、かつては人の命をやりとりする技術だったわけで、無駄がなく非常に美しい。
その身体運用の情報が畳まれた形(かた)稽古していると、ふつふつと本気が立ち昇ってくる、ここにも本気システムが起動する。

さらにこれらの転調、応用を考えたい。
もっと新たな、別分野の「本気が立ち昇る」もあるんじゃないの?
というあたりを今回のメンバーとじっくり錬って表したい。

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LS風景
2011/10/11
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