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潜 在能力全体に公開
2009 年06月16日10:24
▼30数年ぶりに歩いて20分程度の、地元高校の正門をくぐった。
第1期から37期生までの総会と、われわれ期生の懇親会のために。
受付には一瞬わからなかったけど同級生たちがいた、みなが言う。
「なかむら、来るとは思わなかった!」
「地元民です、来るわよ。ところでさ、総会って何するのよ?」
(一同、脱力、、、すまん。)

当時新設されたばかりの高校だったから、建物の最上階は空っぽ。
1年、2年生のみで3年生が居ない。
何やってもいいけど、何もやらなくてもいい。
前例がない、歴史がない。
放課後の掃除もさぼり、部活もてきとー。
ボーイフレンドとお手手つないで帰るのが唯一の楽しみ、早々帰宅しておやつたべてお夕寝して、たいした反抗もしないし悪さもなしとい うしまらない思春期を過ごした。
なんて当時の空気を想いだしてると、
体育館での総会もおわり、ささやかな立食パーティが始まる。ここでおもいがけず、全国大会に出場するまでになった吹奏楽部による生演 奏 があった。
おお、今はこういう空気かい。
すごーい。

写真
【「ウ ルトラシリーズ」;ウルトラQ、ウルトラセブン、ウルトラマンエースなどなどメドレーで】

4時を過ぎて、正門には、懇親会に向かうために小型のマイクロバスが待っている。当時10クラス、400人いた 中を二つのグループに分けていたが、(A:1組から5組、B:6組から10組まで)今日は、Aグループの合同同窓会。
200名中60数名が参加するとのことだ。
先生たちも4名参加。ご存命で、かつお元気。

写真_写真

【女子は総じて成績優秀、教育者の道へ】____【全員もれなくワルだった3人、今回の幹事】

ひとり30秒で、高校卒業後、いかにしてここに辿りついたかのか?語り始めると、
聞く側も、まるで遭難した船の乗員が生還してきたとでもいう雰囲気が漂うわーい(嬉しい顔)
驚くくらい堅実な職業選択で、そのころどーしようもないとおもった不良も家庭を持ち、みごとな社会人に更生している。
マジかい。
なにせ、新設校である。大学進学するにも、合格率や実績なんてものもまるでない。
私にしても、美大に進路定めた2年生の冬くらいから以降、誰にも相談もできない。
ひとり母船を離れて漂流している気持ちがしたもんだ(いまだに、漂流したままかもねん・・・)。

先生の一人が実に感慨ぶかげにつぶやく、

「きみらの潜在能力を信じていたよ。」

もうひとりの先生がつけくわえて、

「この50歳というあたりで会っとく意味があるんだよ。前でも、後でもない。
今、この機会にね、会っておくの。」

そーか、まだ無事に救助されたわけじゃないんだな。
あっちの岸が、ひょっとするとみえてる人もいるかもしれない。
なにせ引き帰すわけにもいかないし、このバタバタした泳ぎを止めるわけにもいかないということだろうか。

卒業アルバムを開いてみると、当時の先生たちってのは、まさに40代から50代というところ、今のわたしたちと 同年代。そしてここでこうしてわれわれを待っていたのだろうか。
先生たちも全員含めて、同窓会となった日。かつてワルだった幹事たち、その後もweb上アルバムの手配、ML提案など、熱い熱い。

★なぜか総会のお土産は、撮影したばかりの集合写真と、スバゲッティ。
ふーしーぎ。

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