▼昨日から捜し物してるんだけど、こういうときにかぎって肝心のものは・・・結局みつからない。
かわりにすっかり変色した葉書が一枚、はらりと落ちた。
何かを捜すと必ずといっていいほど意外なものを発掘してしまうのだよね。
差出人は、氏名や住所などの社会的な記号はいっさいなくて、
ただ「
とうちゃん.」とだけある。
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父からの、
速
達葉書である。
思いおこせば当時51歳だった父が、大学近くのアパートにひきこもって卒業制作に没頭する娘、22歳にあてた葉書。期間限定の仮アト
リエであったため電話もなければ、もちろんケータイ電話なんてものもない。
ついでに、この「
とうちゃん.」とのいくつかのエピソードも記しておこ
う。
過日、
安斎利洋日記「犬を食べる」にコメントしたものをここに再録する。
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中村理恵子 | 2008年07月13日 06:20
わたしは、ふたつ父に感謝してることがあります。
1)一緒に連れてゆけない飼い犬の行方
東京にきて、雑種の犬を飼いました。中学になった頃、引っ越さねばな
らなくなり、犬を飼えな
い環境だということがわかった。にもかかわらずるずる引越し当日まで、犬のことは後回し。
最後、父と犬を残
して一足先に新居に向って出発したわたしたち家族はバタバタした慌しさにまぎれながらも、しっかりそれぞれ犬に思いを残し、彼の処遇が半端なことは十分に
解っている。
翌日、父と合流して第一に聞いたのはだから、犬のこと。
びっくりするようなエピソードを話
します。
「電気メーターを止めにきた人が、”いい犬だな”といってもらっていった。」
わたしはこのとき13歳でしたが一瞬の安堵と同時に、大きな「?」もありました。
しかしそのままこの事は、
封印。
将来どこかで、うっかり父が油断しているときにこの話の「ホント?」を聞こうと誓ったのです。
2)モチーフは、牛骨頭部
1980年前後、ムサビでは角の立派な牛骨というモチーフを
描くことが流行ってました。しか
し購入すると超高い。そこで、ちょっと賢い先輩が、屠殺場から頭だけを複数購入。ひとつ500円だったと思いますが、それを大学絵画
棟前面にあった畑(かつてあった・笑)に埋めて、骨ばかりになるのを待つという寸法です。
夏の暑い盛りに、穴を掘りました。
数
週間して掘り出した代物は、ちょっと大変な状態。
しかし、希望に満ちた美大生にとっちゃすごいお宝です。そんな惨状をものともせ
ず家にもち帰りますが、一般家庭という環境で一晩たってみると憑き物が落ちたというのか、その非日常性;悪臭と生き物がまさに壊れてゆく過程の凄さに、わ
たしすっかり怯んでしまいました。
父は黙って、毛布に包んで洗車スペースにもってゆき、最初の洗浄を始めます。
途中から「お前さんのもんだか
ら、手伝え。」とそれから約2週間内部に残るお臓物やこびりついたたんぱく質を洗い流し乾かしを繰り返して、牛骨つくり@家庭編がつづきました。
そ
してめでたくモチーフに使える白骨牛頭ができました。
わたしは、レオナルドダビンチのように、死体置き場には通いませんでした
が、真夏の太陽の下での、この牛骨製造で哺乳類頭部の構造を少しばかり理解できたかもしれません。
何回か静物のモチーフとして描きましたけど、しかしその絵、残ってたかなぁ?
最近めっきり弱ってきた父です。
いまがその時だと思い、あのときのこと聞いてみました。
「本
当に電気メーターの人に犬あげたの?
ホントは保健所にいったんじゃないのかな?
嘘はだめよ、墓場まで
持ってっちゃ。」
その答えは、曰く「ホント、ホント。」
ホントかな??
(笑)
人の軒先で長くなりました、失礼、失礼。
日記本文より長いや、さよなら、さよなら。
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ところで、
先日出身校のムサビに行ったけど、牛骨を埋めて腐らせた畑付近;油絵や彫刻
などのアトリエであった3号館は、立派なビルになってそびえていた。
おおお。